同居しました。

私たちは、祖父母の住む家に引っ越した。

もう、自転車で帰らなくても良くなった

ので、自由な時間が増えた。

 

私は、図書室で本を読む時間に充てた。

毎日一冊は読んでいたので、心理学の

本を借りたときに、先生に少し早いかな

と言われたので、占いの本も借りた。

 

帰宅途中のお寺の、上がりぐちで本を

読んでいると、お寺の奥さん(坊守)に

奥に招かれ、おやつを頂いた。

家に帰っても、チャンネル権はない。

本は何処でも読めるし、誉められる

こともあるので、ラッキー😆💕

 

父はオートバイに乗っていた。

田んぼに肥料を入れたり、予防するとき

誰かが手伝いのために、連れていかれる。

ほとんどの確率で、私が当たった。

いつも、みんな忙しかったらしい。

 

行くのは嫌ではなかったが、力の関係や

要領が悪いと、怒られることも多く、

父は怖い存在だった。

日曜日はほとんど、手伝いだった。

 

手伝いをするのは当たり前で、勉強は

学校でするものだと、言われていたので、

宿題は図書室でしていた。

 

両親は働き者で、農閑期に父は近くの

屋根の板金工として働き、夜も頼まれれば出掛けて行って、夜間にする仕事をしていた。母は、その時に募集があった仕事を

夕方までしていた。

 

お金持ちの三男で、大事に育てられた

祖父が作った借金を、戦争から帰った

父は支払い、弟妹を結婚させたり、

嫁入りさせた。

 

小さいときから苦労した父と、

人がよくて、気楽に生きてきた祖父の

気があうわけがなく、そのせいで父は

仕事ばかりしていたのだろうか?

 

私と祖父の接点は、あまりなく

祖父は六畳の部屋を一人で使い

部屋にテレビもあった。

部屋で食事もとっていた。

兄は仲が良かったのか、一緒に

町にも行っていた。

 

マンガは友達の家で見せてもらい

電子オルガンもそこで弾いた。

そんなある日、父が町に行こうと

私と妹に言った。